新潟県上越市柿崎区にある蔵元、頚城酒造さんを訪ねたのは、2023年2月のこと。
2月末には終える酒仕込みの終盤のころでした。
筆者の地元にほど近く、以前よりお付き合いのあった蔵元さんですが、
今季はじめて、『生酛づくり』で仕込む酒造りに挑戦している、ということを伺って、その様子を取材させていただけることになりました。
頚城酒造社長、八木崇博氏をはさんで。
この取材では、新たな挑戦に対する想いを伺ってみたかった、ということはもちろんですが、
お話を聞くとさらに、酒造りを通して守ってゆきたい、伝えてゆきたい地域の文化、暮らす人たちとの関わり方、ということを知ることができました。
お米をテーマとしている喫禾了プロジェクトとしても、お米作りから酒造り、そして地域の伝統や文化を守り次世代に繋げてゆきたいという蔵元のお考えに、深く共感しています。
そしてそのお考えが、蔵元の社長さん、杜氏さん、蔵人さんに共通で、きっとそれはその周りの方々にも浸透しているはずと思います。
『いいお酒を造ること』を通して、彼らが何を考え見据えているのか、感じたことをこの記事にまとめたいと思います。
まずは当初の目的、『生酛づくり』について。
これまで従来は、『速醸酛(そくじょうもと)』といって、乳酸を添加して、安定的にねらった味わいに仕上げる手法をとっておられたとのこと。マイナスの要素は出にくい製法。
それに対して、『生酛づくり』は、そもそもの日本古来の酒造りに立ち返った伝統的な手法で、蔵つきの微生物の力を借りて、自然な発酵のチカラによってお酒を醸す製法なのだそうです。
複雑な味わいや香りが出るという面はありつつ、「できてみないとわからない」という面も。
頚城酒造さんの仕込みの風景。(生酛を仕込む前の酒米を蒸しあげたところ)
そのほか大きな違いとしては、要する時間。
『生酛づくり』では、『酛』を作るのに、従来に比べて倍くらいの日数がかかるそうです。従来は、14日のところ、28日とおよそ2倍が目安になるのだとか。
そしてやはり、「どんな仕上がりになるかわからない」という点。
熟練の職人さんがたですので、おおよその見当はついているようでしたが、
「発酵途中に香ってくる香りがいつもと違う」、「果たしてこれは良いのか?どうなのか?」と、戸惑うところもあったそうです。
杜氏の吉崎司氏。蒸したお米の状態を入念にチェックしながら、冷まし、生酛の仕込みへ。
この時点で改めて記しておきたいことは、『生酛づくり』が良い、それ以外は劣る、ということでは決してない、ということです。
『いいお酒を造る』ということは、ごくごく繊細に、ねらった味わいや香りを目指してゆくことも当てはまるであろうことを考えると、これまでの従来の製法のほうが、アプローチとしては正解なのかもしれません。
それなのになぜ、あえて『生酛づくり』に挑戦したのでしょうか?と、社長に聞いてみました。お答えとしては2つのポイントがありました。
ひとつは、「酒造りのルーツ、仕組み、メカニズムを改めて理解したかった」と。
「今後、生酛づくりの蔵になるつもりはあまりなくて・・・」と、多くは語られなかったですが、
筆者としては、自分たちの酒づくりの強みはどこにあるのか、そもそもの伝統技術を体得しつつ進化していけることを確信したかった、ということなのかな?と理解しました。
そしてもうひとつは、「柿崎の地酒であること」。
できるだけ地元の原料を使い、蔵つきの菌により醸されるお酒は、純粋な『地元のお酒』になります。
今回の挑戦をプロトタイプとして、より、地域の方々に愛着を持ってもらえるお酒ができたら、とおっしゃっておられました。
仕込みの工程を見守る八木社長。
麹を前に仕込み前のミーティング。右から 八木社長、吉崎杜氏、蔵人・酒米農家の岸田氏
さらに社長には改めて、「頚城酒造さんが目指すいいお酒とは?」と聞いてみました。
「食事をする中で、その場(お料理や雰囲気を含めて)をサポートする存在であること。
でしゃばり主張しすぎることはないけれど、記憶に残る、感動する食中酒、ですね。」
と、お答えはとても明快でした。
その場(お料理や雰囲気を含めて)をサポートする記憶に残る、感動する食中酒』
このお答えに感じたことは、彼らの背景にある食文化そのものへのリスペクトです。
海と山の両方の美しい自然に囲まれた土地柄、おいしい湧き水、そこに育つお米や産物。
それを率先して、地域を代表して、いかに地域の人たちに大事に思ってもらえるかを酒蔵が考えてもいいのかなと思って、と、
近年の活動についても教えてくださいました。
今年で4年めとなった、子供たちの体験プロジェクトについて。
柿崎の魅力を体感してもらい、故郷を心に刻むことを目的としているとのこと。
柿崎には、平成名水百選にも選ばれている、「大出口泉水」という湧き水が出る場所があります。頚城酒造さんのお酒は、この湧き水を仕込み水としたお酒もありますし、そのすぐ近くに酒米を栽培している田んぼもあります。
そこに地域の子供たちを集めて、田植えや稲刈りをするなどの機会を作り、風光明媚なその場所で食事を囲み、そして、その時のお米と湧き水で仕込んだお酒を20歳になったらプレゼントする、といった活動。
それによって、子供たちには、自分がどんな場所に生まれたのかというアイデンティティを持ってほしい、生まれ育った柿崎っていいな!という実感をしてほしい、
ということを想いながら、地域の方々とともに取り組んでおられるそうです。
そしてさらに、酒蔵と農業との関わり合い方。
酒蔵の仕込みは冬、その原料米を作る農業の繁忙期は夏。
その相互支援をする仕組みを実践しておられるそうです。
つまり、蔵の仕込みがない時期は田植えや稲刈りをはじめ、草取りや害獣対策などの細かい作業も含めて蔵人が手伝い、
農閑期には農家さんが蔵の仕込みを蔵人として行う、ということ。
これによって、酒造りに対する心境の変化も生まれたりするのだとか。
お米の生育の現場を知っていることで、それがいかに大変な作業かが分かる。そうすると、お米に対するありがたみが心底わいて、無農薬米ならば特に、なるべく磨きたくない(お米を無駄に削りたくない)という気持ちになりました、と。
それによって、新たなコンセプトのお酒も誕生したようです。
酒米づくりを担われている、岸田ライスファームの岸田健氏。酒米以外にも、コシヒカリ、新之助の食用米も生産。
東京都内の高級料亭さんやお寿司屋さんからのオーダーも。
冬には頚城酒造の酒仕込みの蔵人をされています。
ちなみに、この取材とは別の機会に、岸田さんからのご紹介により、都内で頚城酒造のお酒を取り扱っておられる、
中央区新川にある酒屋さん「今田商店」さんを訪ねたときのエピソード。
頚城酒造さんのお酒は、生産量が多くはないことから、都内の酒販店でも購入できるところは限られています。
店主の今田さんに「頚城酒造さんのお酒は、どんなお酒ですか?」と聞きましたら、
『信頼してもらえるお酒です。』とかえってきました。
『酒屋として営業に行くときには、頚城酒造さんのお酒は必ず飲んでもらっていて、そうすると、こんないい酒を扱っているならばぜひ!ってなることが多いんです』と。
酒を扱うプロ、提供するプロが信頼するって、すごいことだと思います。
そして、地域との関わりも含めて、だれが、どこで、どんなふうに、どうつくっているのか。
お酒を楽しくいただく、ということの背景には、お酒を醸す意外にも、次世代にも繋がる多くのことが含まれているのだなと感じました。
お米とともにある日本の食文化として、大変貴重なお話を伺えました。
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